受験勉強なんか「ゴミくず」とか「詰め込み偏重主義の最たる例」と思っている人たちへ。(東大世界史編)

この頃、日本が衰退している理由として教育に対する議論が非常に活発である。
その傾向はTwitter上でも顕著に現れていて、「TOEICで点数が取れない教員は、果たして教員としての資格があるのか?」という様な議論が挙がってくる始末である。
(これに対して、今回は言及しないが)
そして、やはりというかいつも通りというか、「大学受験勉強」に対して「知識偏重過ぎる」という議論もなされている。
しかし、私はこれに関しては大いに反対である。そんな事は無い。
見方を変えれば、大学受験の問題は非常に知的センスを問われるような問題が存在している。
その好例として「東大の入試問題(世界史)」を見てみよう。これは、去年の問題である。全文を抜粋する。


ヨーロッパ大陸ライン川・マース川のデルタ地帯をふくむ低地地方は、中世から現代まで歴史的に重要な役割をはたしてきた。この地方では早くから都市と産業が発達し、内陸と海域を結ぶ交易が展開した。このうち16世紀末に連邦として成立したオランダ(ネーデルラント)は、ヨーロッパの経済や文化の中心となったので、多くの人材が集まり、また海外に進出した。近代のオランダは植民地主義の国でもあった。
 このようなオランダおよびオランダ系の人びとの世界史における役割について、中世末から、国家をこえた統合の進みつつある現在までの展望のなかで、論述しなさい。解答は解答欄(イ)に20行以内で記し、かならず以下の8つの語句を一度は用い、その語句に下線を付しなさい。
<グロティウス コーヒー 太平洋戦争 長崎 ニューヨーク ハプスブルク家 マーストリヒト条約 南アフリカ戦争 >


ちなみに、解答欄に20行とあるが、これは1行20〜25文字なので、400〜500字書けることになっている。
詰めればもっといけるかもしれないが、そんな細かい字を読まされた日には採点者がバツを付けたくなるのは容易に想像出来るのでオススメしない。基本的には20〜22文字、400〜450字ぐらいで収めるべきである。
これに対して、代々木ゼミナールが発表した模範解答は以下の通りである。


15世紀末からハプスブルク家支配下に入ったネーデルラントは、16世紀にスペインとの独立戦争を行い、北部7州がオランダとして独立した。オランダは 17世紀に通商国家として発展し、アジアでは東インド会社がジャワ島のバタヴィアに拠点を築いて香辛料貿易を独占し、鎖国時代の日本とも長崎の出島を拠点に西欧諸国の中で唯一交易を許された。オランダ出身の法学者グロティウスの「海洋自由論」や「戦争と平和の法」はこうしたオランダの海外進出と国際的地位を擁護したものである。やがてオランダは英蘭戦争に敗れて商業上の覇権を失い、新大陸に建設したニューアムステルダムもイギリスに奪われ、ニューヨークと改称された。またケープ植民地もウィーン会議でイギリス領となり、オランダ系移民の子孫はオレンジ共和国とトランスヴァール共和国を建設したが、南アフリカ戦争によりイギリスに征服された。一方アジアではジャワを中心にオランダ領東インドでの植民地形成を進め、19世紀にはコーヒーなどの商品作物の強制栽培制度を実施して莫大な利益をあげたが、太平洋戦争で日本に占領され、日本の敗戦後はインドネシアとして独立したためオランダの植民地支配は終わりを告げた。第二次大戦後はヨーロッパ石炭鉄鋼共同体の原加盟国となり、さらにヨーロッパ共同体の創設メンバーとなるなどヨーロッパの統合に積極的に参加し、 1992年のマーストリヒト条約によってヨーロッパ連合が発足した。


なるほど。と思う。非常に優等生的な回答だ。そして、この模範解答を見たら「ああ、やっぱり知識を詰め込まないといけないんだな。」と思うだろう。
ところが、この問題は論述問題である。しかも、採点相手は大学関係者だ。その辺りの知的レベルとは1段階は確実に違う、知的階級の人たちだ。
その人たちに「私はこれだけ知っています」という様な“知識の羅列”をしたところで何か有用性を見出せるだろうか?
否、それは良くない。この問題は非常に頭の体操・知的センスを磨くためには非常に良い問題だと私は思っている。
さて、私なら以下のように回答を紡ぐだろう。


これは海洋覇権から衰退、その後の復興を経て現在の蘭のEUにおける主導的役割の変遷の歴史である。ハプスブルグ家覇権の主翼として経済発展を遂げていたネーデルランドは、皇帝カール五世の死後、その求心力の衰えから独立を目指した。1602年には東インド会社を設立。その力は長崎やジャワを押さえることで東方にまで及ぶ事になり、17世紀前半には西から海洋覇権を奪い取った。この際、コーヒーの栽培に成功し、ヨーロッパの文化を成熟させる事にも貢献している。しかし、グロティウス等が主張していた自由な海洋を広げるという戦略は、自分達の海洋を広げ他国の進入を許さない戦略を採った英との確執を広げる事になり、英の航海法を気に英蘭戦争が勃発。産業資本主義が芽生え始めていた英の力に、蘭の商業絶対主義は苦戦を強いられ、大陸では東インド会社の解散・ナポレオン占領、海外ではニューヨークの建設・南アフリカ戦争でのケープ植民地の放棄等を経て海洋覇権は英へと取って代わった。更に19〜20世紀の前半にわたる東インド経営も太平洋戦争の日本の占領から始まる一連の独立戦争を経て失う事になる。しかし、蘭の歴史はこれで終わらなかった。独仏の確執を契機に勃発した2回の大戦を経て、ベネルクス3国を組織し、1992年のマーストリヒト条約によるEU発足の中心的存在として現在も存在感を示している。


これで、約480字。数字やカタカナが多いので、これで詰めればたぶん20行に余裕で収まるはず。
ちなみに、受験では国名を漢字で記する事は禁止されていないので、当然漢字で記す。文字数が命取りとなる問題を解く上では当たり前の考え方である。
ちなみに、何故、海洋覇権という視点かといえば問題要求にある「コーヒー」と「長崎」がポイントとなる。
もし、知識偏重で知ってる事をツラツラ書いていくと「コーヒー」が浮かないだろうか?
また、もし、「オランダの歴史」というオランダしか見ない見方だと「長崎」が浮くし、もっと言ってしまえば、「太平洋戦争」まで浮く。
結局、「オランダの“海洋の”歴史」という括りを使わないと、全てをひとつの流れの中に突っ込む事が出来なくなってしまうのだ。
オランダの“海洋の”歴史とは何であろうか?と問われれば、当然「オランダの海洋覇権」のお話になるのだ。
コーヒーは覇権を握った事で「経済的な背景だけではなく文化的にも力を持っていた事」を示すための語句だと私は解釈した。


さて、いかがであろうか?これが、受験勉強で得た知識を使って書く「論述」である。
受験勉強とは本来、この様な「論述」を書くパーツを覚える勉強をする事である。
これを偏重主義であるというのならばそれでも良いだろう。しかし、だとすると勉強とはいったい何なのであろうか?
ちなみに、私よりも優れた模範解答を作ってらっしゃった人を見つけた。
私の即席のものよりか、記述がまとまっていて素晴らしいと思ったので、是非紹介させていただく。↓
HP名:「ブリッジ歩行はもうできない。」
TOP: http://www.k4.dion.ne.jp/~bridging/index.html
注目すべき記事: http://www.k4.dion.ne.jp/~bridging/yozemi2010.html


「東大の受験世界史は楽しさを知ってしまうとそれしかやりたくなくなる」